長年実務に携わっていますと、稀に、単純なようでいて、ちょっと一筋縄では解決しないような「難件」が持ち込まれることがあります。そのような場合でも、我々弁護士は、幅広い法律の知識と過去の経験とから、何とか知恵を絞ってベストの解決方法を見出し、クライアントの利益を守ります。
今回は、何年か前に私自身が担当した・そのような一事例についてご紹介したいと思います。なお、守秘義務の観点から、事案については実際の設定等と少し変えてあります。

長年お付き合いのあるクライアント(中小企業)の社長から久々にご相談がありました。
その内容は、顧問税理士に税務申告等を依頼していたところ、税理士が全く作業をしてくれないので契約を解除したが、預けてある書類(請求書や領収書関係、現金出納帳、クレジットカード明細、売上日計表その他)を一向に返してくれない、書類を返してもらえないと別の税理士に依頼するにしても税務申告ができず、予定している銀行融資も受けることができなくなると大変なことになるので何とかならないか、というものでした。
最初お聞きしたときはそんな税理士がいるものかと驚きましたが、とにかくクライアントにとっては一大事です。

事情をお聞きしていくと、その税理士さんは自宅兼事務所で一人で開業し、事務員さんも雇用していないようでした。私は相談を受けた後、当初任意に返還を受けるための話し合いをすべく、文書や電話で連絡を試みたり、直接談判しようと事務所に赴いたりもしたのですが、自宅兼事務所のインターフォンを鳴らしてもだれも応答せず、コールバックもなく全く連絡がとれず埒が明きません。クライアント自身ここ数カ月連絡がとれておらず、安否すら分からず、失踪の可能性もあるのかと疑われるような状況でした。
この段階で裁判を起こしても、全く迂遠で、時間が間に合わず、何の解決にもなりません。手元の文献を紐解いても、このような「非典型事例」にまで言及してくれているような配慮の行き届いた?本なども容易に見当たりません。
そこで、色々思案した結果、ともかく「動産引渡し断行の仮処分」の手続を申立ててみることにしました。仮処分は、本来本訴の前に暫定的に権利を保全する手続ですが、この類型(断行の仮処分)では、本訴を待たずに実質的に権利を実現してしまうものであり、このような事案で本来の威力を発揮してくれるはずです。一般に、典型事例として「建物明渡断行の仮処分」などが良く知られています。

結果としては、この手続を利用することで迅速に書類を取り戻すことができ、これらを新しい税理士さんに引き継いで、税務申告を無事終えることができ、担当した私としても非常に安堵しました。
以下に、ご参考までに、実際の手続の進行の概略などを記載します。
実際には、現場での混沌とした執行状況など、私も想定外の状態もあって、最後まで緊張感をもって業務にあたることとなりました。その中で感じたことなども最後に記載しております。

1 申立て

平成XX年4月27日 A地方裁判所に対し、「動産引渡断行仮処分命令の申立て」を行う。

申立書には次のようなことを記載。

【申立ての趣旨】

「債務者は債権者に対し、別紙物件目録記載の書類を仮に引き渡せ」

【別紙物件目録】

「1 債権者が債務者に対して引き渡した平成XX年4月1日から平成XX年3月31日までの期間の事業年度にかかる債権者の経理資料一切(請求書一式、領収書一式、クレジットカード明細一式など)
2 債務者の保管する上記期間の事業年度にかかる債権者の総勘定元帳」

【被保全権利】 「所有権に基づく物権的返還請求権」

【保全の必要性】

「後日本案訴訟で勝訴判決を得ても、債務者の現在の状態からすれば、上記書類がその時点で紛失してしまっていたり、債務者の悪意により破棄されたりする可能性もあるし、なによりも、債権者らの今期の決算書類の作成及び税務申告には上記書類が必要であるところ、これを現在の税理士に委託して適正に処理するためには遅くとも5月半ばくらいにはこれらの書類を取り戻さなければ、5月末日限りの税務申告に間に合わず、銀行融資を受けるにも支障を来たすほか、債権者らの対外的な信用に極めて深刻な悪影響が生じるおそれが高い。」

2 手続の経過

・4月30日、担当裁判官と面接。

裁判官からは、「執行官保管で債権者使用を許す」という内容での申立の趣旨への変更を促されたため、同日訂正申立書を提出。

【訂正後の申立ての趣旨】

「債務者は、別紙物件目録記載の書類に対する占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。
債務者は、上記書類の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。
執行官は、上記書類を保管しなければならない。
執行官は、債権者に上記書類の使用を許さなければならない。
執行官は、債務者が上記書類の占有の移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が上記書類を保管していることを公示しなければならない。」

・担保額は極めて低額の「5万円」と決定され、同日法務局に供託。

・債務者審尋は行わない(裁判所に呼び出して反論を聞くという機会は与えない)ことに決定(後述も参照)。

・5月1日(金)、仮処分決定。同日、A地方裁判所の執行官に対し、保全執行の申立書提出。

・執行立会業者と打ち合わせ。執行官もGW明けにすぐに執行に行ってもらえることになった。

3 執行当日の状況

・5月12日(火)、執行官、執行立会業者とともに現地(事務所兼自宅)へ赴く。
本人不在の場合に備えて、鍵屋さん(その場で合鍵を作って開けてくれる)も同行。

・案の定、債務者は不在であった。

・ただし、同居している父親がインターホン越しに応対してくれ、玄関を開けてくれた。
当初、父親は何が何だか分からない様子であったが、、執行官が父親に対し、裁判所から決定が出ていることや自分たちはその執行のために来たことなどを縷々説明し、説得した結果、父親も納得してくれた。

・父親の案内で、債務者の2階の仕事部屋に入ると、机や床、パソコンのキーボードの上などあちこちに書類が積み上げられたり、散乱している状況。クライアントごと、書類の種類ごと等に全く整理されていない。
これで、細かな数字を扱い、正確な作業を要する税務書類などきちんと作成できるわけがないと思わざるを得ないような状態であった。

・あちこちに散乱し、あるいは山積みとなっている書類の海の中から、段ボール箱2箱分くらいの書類を、3人(執行官・立会い業者・当職)で汗だくになって探し出して執行(なお、その場で全く整理できてない状態でとりあえず箱に入れていった状況)。
一つ一つの書類を特定するのは無理なので、目録には、すべて「請求書一式」等々と記載された。

午後1時から執行に着手し、2時30分に終了。
保全した書類については、決定では「執行官保管」との決定であるが、「保管替」により債権者代表者が保管することに(要するにこちらに渡してくれた)。

・しかしながら、上記の作業によっても明らかに完全には資料を引き上げられてはいなかった。
翌日、父親から話を聞いた債務者から私宛電話連絡が入ったため、その電話にて任意に交渉し、残りの資料の引き渡しを受け、結果的にほぼ書類は取り戻すことができた。

・そこで、裁判所に、執行完了の上申書を提出し、裁判所から仮処分決定を債務者に送達してもらった。

4 コメント

(1) 債務者審尋の要否

上記の経過において、裁判所は、債務者を審尋することなく、すなわち、債務者の言い分を事前に聞くことなく仮処分決定を出しているのですが、これに対しては、少なからず驚かれた方もおられるかもしれません。

本来は、上記のような「仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)」の場合、原則として、双方審尋期日(債権者及び債務者の両方から事情を聞く手続)を開いたうえで裁判所が発令することになっています(同法23条4項)。
本件では、本訴を経ることなく、仮処分で債権者の請求(動産の引渡し)を実質的に実現してしまう手続であり、「断行の仮処分(満足的仮処分)」ともいわれます。債務者に重大な不利益を及ぼす可能性が高いため、事前に告知聴聞の機会を与えられるのが原則です。

ただ、その「例外」として、①債務者に対し審尋期日の呼出しをすることによって、債務者が動産を隠匿するなど、執行妨害に及ぶ蓋然性が高いと認められる場合(例えば、目的物の処分・隠匿が極めて容易な場合)や②極めて緊急性が高く、口頭弁論又は債務者審尋の期日を経ていたのでは、仮処分命令を発令したとしても、その実効性が失われてしまう場合(例えば、目的物が食料品のように早急に売却する必要がある場合)には、裁判所の判断により、双方審尋を経ずに発令することもあるのです(民保23条4項ただし書)

本件では①に該当するという理由かと思いますが、債務者審尋を行わずに速やかに決定が発令されました。

(2)保全執行について

本件では、裁判所の仮処分命令1本で、執行官がある日突然事務所にやってきて、本人不在のまま勝手に「家探し」をされてしまったような状況です。このことにも、本当にそんなことがあるのかと驚かれた方がおられるかもしれません。

この点、上記の「動産の引渡しの仮処分」の執行としては、「直接強制」及び「間接強制」が可能とされています(民事執行法173条)

このうち、「直接強制」の方法とは、「執行官が債務者の目的物に対する占有を解いて、又は目的物を取り上げて、債権者にその占有を取得させ、又は引き渡す方法(民保52条1項、民執168条1項、169条1項)」をいいます。本件では、この「直接強制」の方法がとられたものです。

その執行方法についてですが、民執169条2項が、同123条2項などを準用(動産執行の場合と同様)しており、執行官が、債務者の住居その他債務者の占有する場所に立ち入り、その場所において、又は債務者の占有する金庫その他の容器について目的物を捜索することができることになっています。
また、この場合、必要があるときは、閉鎖した戸及び金庫その他の容器を開くため必要な処分をすることができるということになっています。
さらに、債務者の抵抗を受けるときは、威力(実力)を用いあるいは警察上の援助を求めることもできる(民執6条1項)のです。

上記の「家探し」はこのような民事保全法や民事執行法という法律の条文に基づき、全く適法に執行されたものなのです。

(3)感想など

確かに、債務者の立場に立ってみると、債権者側の一方的な主張や証拠のみで、審尋も行われずに(裁判所から事情も聞かれずに、不意打ち的に)、ある日突然勝手に住居内に入られて、家探しされてしまうという、結構「恐ろしい」手続ではないかと私自身感じたことは事実です(自分で手続をしておきながら言うのも何ですが)。

事前に(審尋をしてもらって)裁判所からきちんと説明を受けていれば、自ら返していたのに・・・という気持ちになるかもしれません。

しかし、このような事態を招いたのは、クライアントからの再三の連絡に応じなかった債務者の自業自得という他ないのではないでしょうか。クライアントにとっては、手をこまねいていれば、銀行融資の話も失くなってしまい、重大な不利益を被るところでした。

やはり、日ごろから他人に対し何事も誠実な対応をしていなければ、いざというとき法律は味方してくれないものだと認識しておくのが無難なようです。そして、逆も真なり、というのが私のこれまでの弁護士経験から得た教訓でもあります。