代表弁護士の川村です。先日、「大阪府社会福祉協議会」様のご依頼により、表記をテーマとする経営者・管理者向けのセミナーの講師を務めて参りました。今回のトピックスではそのエッセンスを要約して記載します。何らかご参考にしていただければと思っています。

【高齢者施設等における虐待事例の増加】

近時、特別養護老人ホームやグループホーム、老健施設、(介護付、住宅型)有料老人ホームやサービス付高齢者住宅(サ高住)などの高齢者介護施設や訪問介護サービス等の提供事業者の従業員等による高齢者の虐待事例が急激な増加傾向にあります。

高齢者虐待防止法施行(平成18年)後毎年発表されている厚労省の調査結果によれば、平成 27 年度、全国の 1,741 市町村(特別区を含む。)で受け付けた養介護施設従事者等による高齢者虐待に関する相談・通報件数は、1,640 件であり(そのうち、大阪府は222件)、平成 26 年度の1,120 件から520 件(46.4%)も増加しています。また、相談・通報された件数の中で虐待の事実が認められた事例は、408 件であり(そのうち大阪府は33件)、前年度より108件(36%)も増加しています。なお、養護者(家族、親族、同居人等)の虐待判断件数は約16,000件ですから、これと比較すれば、絶対数としてはまだ少ないとも言えますが、その増加傾向は顕著です。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000155598.html 平成27年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果

 

【虐待防止が強調される背景】

いわゆる団塊の世代が後期高齢者となる2025年には現在1,500万人程度の後期高齢者人口が、約2,200万人まで膨れ上がり、全人口の4人に1人は後期高齢者という超高齢化社会となります。また、認知症患者は2025年に700万人を突破し、65歳以上の5人に1人が認知症患者となるとも予想されています。

この2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築を実現することが、現在国の政策として推進されています。

このような中、家族や親族などの家庭内での養護者による虐待はもちろん、上記のような養介護施設従事者による虐待防止ももはや喫緊の課題となっていると言ってよいでしょう。

そして、虐待は、もちろん悪意によるものもありますが、虐待を自覚せずに行ってしまうこともありえます。最初希望ややりがいに燃え、この仕事に携わるようになり、最初は善意の介護を行っていても、そのうち、忙しさによるストレスや力量以上の結果を求められるプレッシャー、終わりの見えない介護、認知症利用者の方と意図的なコミュニケーションがとりにくいやるせなさ等々の要因やきっかけから、精神的に疲れ果て、あるいは歪んだ心理状態となり、当初は「不適切なケア」から始まり、それがエスカレートしてゆくことで虐待にまで至る。このようなことが起こりうるリスクはどの事業所でもあるのだという認識は必要だと感じます。

【虐待事案は防がなければならない】

そもそも、高齢者介護施設における虐待はあってはならないことです。たとえ、認知症にり患したとしても人間の尊厳や誇りが失われることはありません。利用者の基本的人権が護られなければならないことは当然です。介護施設は高齢者に対する介護=ケアを行う場所です。ケアの本質は、他人の自己実現(高齢者にあっては自立・自律)を支援することが、すなわち自己の自己実現に繋がるところにあります(ミルトン・メイヤロフ)。虐待は、そもそも介護という仕事の存在意義・存在目的の自己否定でしかなく、決して許されるものではありません。

また、介護事業の経営の視点からも虐待防止に力を入れることが必要です。平成30年の介護報酬改定では中小・零細規模の介護事業者にとってますます厳しい経営環境となることが予想され、今後これら事業所の淘汰や選別がより進んでゆくと考えられます。一旦虐待事案を発生させれば、行政の立入検査を受け、介護保険法等による制裁(報酬減額や事業停止、指定取消)もあるうえ、地域における評判は低下し、一気に利用者離れが進み、経営の存続が重大な危機に晒されるというリスクがあります。信用というものは築くまでは大変ですが、失うのは一瞬です。経営者におかれては、常にこの点の緊張感をもって経営にあたる必要があります。

【虐待の種類】

高齢者虐待防止法では、虐待の内容が定義されています。身体的虐待、介護等放棄(ネグレクト)、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待の5つの種類が列挙されています。具体例としては下記のとおりです。

○身体的虐待

ア 暴力的行為
イ 本人の利益にならない強制による行為、代替方法を検討せずに高齢者を乱暴に扱う行為
ウ 「緊急やむを得ない」場合以外の身体拘束

※介護保険指定基準等により、身体拘束が例外的に許されるのは、実体的要件(切迫性、非代替性、一時性)がある場合で、かつ、適正な手続きを経て行われる場合のみで、その要件充足はかなり厳しいと考えていただく必要があります。また、適切な記録を付けておく必要があります。

○介護等放棄

ア 必要とされる介護や世話を怠り、高齢者の生活環境・身体や精神状態を悪化させる行為
イ 高齢者の状態に応じた治療や介護を怠ったり、医学的診断を無視した行為
ウ 必要な用具の使用を限定し、高齢者の要望や行動を制限させる行為
エ 高齢者の権利を無視した行為またはその行為の放置

○心理的虐待

ア 威嚇的な発言、態度
イ 侮辱的な発言、態度
ウ 高齢者や家族の存在や行為を否定、無視するような発言、態度
エ 高齢者の意欲や自立心を低下させる行為
オ 羞恥心の喚起

○性的虐待
ア 高齢者にわいせつな行為をすること
イ 高齢者をしてわいせつな行為をさせること

○経済的虐待

ア 金銭を借りる
イ 着服・窃盗
ウ 不正使用

【報道された事例】

最近報道された事例では、次のようなものがあります。また、平成26年には、川崎市の有料老人ホームで利用者が3人ベランダから転落死し、職員が殺人容疑で逮捕されるという重大事案も発生しています。

http://www.care-mane.com/news/8053?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 身体的虐待の例
http://www.care-mane.com/news/8116?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 身体拘束の例
http://www.care-mane.com/news/8096?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 ネグレクトの例
http://www.care-mane.com/news/7555?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 心理的虐待の例
http://www.care-mane.com/news/7995?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 性的虐待の例
http://www.care-mane.com/news/7833?btn_id=category&CID=&TCD=0&CP=1 経済的虐待の例

【虐待事案が生じる要因・背景】

では、なぜこのような虐待事案が発生するのでしょうか。虐待防止の対策を考える際には、なぜ虐待が起きるのか、その原因を追究する必要があります。原因を考えずに、やみくもに対策を立ててみても、効果的といえないことは明らかです。

前記の厚労省の調査結果では、虐待の発生要因に対するアンケート結果も発表されています。次のとおりです。

「教育・知識・介護技術等に関する問題」 246件(65.6%)
「職員のストレスや感情コントロールの問題」 101件(26.9%)
「虐待を行った職員の性格や資質の問題」 38件(10.1%)
「倫理感や理念の欠如」 29件(7.7%)
「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」 29件(7.7%)
「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」 22件(5.9%)
「その他」 8件(2%)

このような調査結果をみても、どうも虐待事案の発生は、職員個人の資質や倫理観、職業意識の欠如等の問題に過ぎないとして片付けてしまうのは本質を捉えているとはいえないように思われます。

職員に対する組織としての教育の問題や、虐待を結果として生み出す施設・事業所全体の組織風土や人員体制等の問題もあるといわざるを得ません。

【虐待防止のための対策】

以上のようなことを前提に、どのような対策が考えられるか。前記のセミナーでは、次のようなポイントを中心に詳しくお話をさせていただきました。

1 組織としての虐待を許さない風土・土壌作り

(1) 経営理念(組織のミッション(使命))・倫理綱領・行動指針の制定、見直し
(2) 社内における勉強会・研修等により組織理念・フィロソフィーを隅々まで浸透させる
(3) 経営トップや現場リーダーが常日頃から虐待や不正を許さないことを宣言する
(4) 介護のプロとしての使命を「再自覚」する
(5) 利用者を決して(経営のための)「手段」として扱ってはならない(カントの定言命法の第二式)
(6) 組織のベクトルを合わせる-合わない人は自然に辞めてゆく
(7)  トップの意を体現するミドルマネジメント(野中郁次郎の「フロネティック・リーダー」)の育成

2 日頃から虐待の兆候を見逃さない

(1) 虐待の兆候を知る・理解する
(2) 虐待の原因を知る
(3) 観察力・想像力・察知力・共感力を磨く
(4) 不適切ケアを見逃さず、放置しない
(5) 不適切ケアの原因を分析し、改善策を具体的に検討する-不適切ケアを行った職員と本音で対話する
(6) 普段から現場業務におけるPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを重視する

3 職員が虐待に至る心理や要因を理解する

(1) 介護には終わりがない-心理学における「ツァイガルニク効果」の視点
(2) 認知症患者への対応が適切かどうか-認知症の種類(アルツハイマー型、レビー小体型、脳血管性等)と症状の特徴を理解する必要
(3) スタッフが抱える悩みを理解し、適切に対応する

4 組織として虐待を防ぐ仕組みや組織体制を構築する

(1) 「人に見られていない環境」をなくす、「ダブルチェックの原則」も有用-人間は弱い存在。「職員に罪を作らせない」という視点も大切
(2) 普段からお互いに何でも指摘し合える職員間の関係性(信頼関係)の構築(論語にいう「和」と「同」の違い)、関係性を「育む」という視点が必要
(3) ミスやトラブル、仕事上の悩みを部下が上司に速やかに相談・報告できる職場の雰囲気作り
(4) スタッフが少ない中での運営上の工夫(人員配置の変更やセクション間での助け合い)ができないかを考える、医療職との連携

5 介護知識・技術の向上

(1) 知識不足・技術不足から虐待に至ることのないよう、常に業務知識経験をブラッシュアップする
(2) 例えば、なかなか食事をしてくれない利用者に対する食介の場面でどのように対応するかの知識・経験が必要。前記の認知症利用者に対する対応についての知識・経験など。

6 職員の資質の向上に向けて-介護倫理・虐待防止研修

(1) 基本的な知識の研修は必要。ただし、分別知に偏らず、頼り過ぎない。各自の「良心(良知)」による判断と行動を促すように働きかける
(2) また、知識は実践を伴わなければ意味がない(陽明学にいう「知行合一」)。実践知(アリストテレスの「フロネシス」)が大事
(3) 現場における判断・行動の基準は、利用者の立場に立って、前記した「ケアの目的」(利用者自らの「意欲」に基づく「自立」の支援)と「ケアの本質」(その利用者への支援が同時に自己の自己実現である喜び。決して自らの自己実現のために利用者の存在があるのではない)を踏まえ、公平・公正・正直・誠実・素直・思いやり・優しさ・調和などのプリミティブな価値観や原理原則により判断することで足りる

7 経営に第三者の視線を取り入れる-経営の透明性の確保

高齢者虐待防止法により求められる利用者からの苦情処理体制に、外部の弁護士・法律事務所を活用することも考えられる

【さいごに-特に、事業経営者の方へ】

介護の事業を始められたのは、地域の住民、特に高齢者のお役に立ちたいという創業時の熱い想いがあったからではないかと思います。

今後ますます重要となる介護の業界において、昨今大手事業者の参入も相次いでおり、介護報酬の改定もあって中小規模の事業者の厳しい経営環境も予想されるところです。

しかしながら、むしろ中小規模の事業者であればこそ、経営トップの経営理念やフィロソフィーを組織の隅々にまで浸透させ、利用者からトップの顔の見える規模感で、真心のこもったサービスを提供してゆくことにより、より利用者に喜ばれ、地域に貢献してゆくことも可能かと考えます。

当事務所では中小企業の経営者の方々に経営に関する各種法務を中心としたサービス(普段の経営の相談も含みます)をご提供することにより、皆様の経営にお役立ちしたいと考えています。

当事務所の弁護士は様々な業種の中小企業の顧問を務めさせていただいていますが、医療・介護の分野においては、代表弁護士自身長年慢性期医療を提供する医療法人の理事・顧問を務め、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームや、サ高住、各種介護サービス事業の運営についても知識を有しています。

皆様の医療機関や事業所で高齢者虐待防止についての研修などのご要望がありましたら、お役に立てることもあるかと思いますので、ご遠慮なくお問い合わせ、ご相談ください。