企業のノウハウ等の営業秘密の保護のため、あるいは、顧客の流出防止のためといったような目的から、会社を退職する従業員や役員との間で「競業避止合意(契約)」が締結されることがあります。

「競業避止合意」とは、例えば、「従業者は、在職中及び退職後●年間,会社と競合する他社に就職したり、競合する事業を営むことを禁止する。」といった条項です。また、このような規定に連動して、「退職者が、退職後●年以内に競業会社に就職し、あるいは会社を設立する等により自ら競業行為を行うときは、退職金の全額または半額を支給しない。」といった退職金不支給(減額)合意がなされることもあります。

それでは、このような合意を退職者との間で交わした場合にいかなる場合も有効といえるのでしょうか。多くは、実際に退職者が禁止期間内に競業会社に就職した場合に、企業が退職金の支給を拒んだり、支給済みの退職金の返還を求めるといった形で裁判上争われます。

これに関しては、すでに裁判例の蓄積があり、基本的には、個人の「職業選択の自由」は憲法上の基本的人権として保護されていることから、このような「競業避止合意」に関しては、使用者側に守られるべき「正当な利益」があり、競業禁止の「期間」、「場所」などの制限が「合理的」といえる範囲にとどまっていなければ、民法90条により公序良俗に反するものとして無効とされます。

この点に関して、近時なされた高裁判決(東京高判平24・6・13〔生命保険会社事件〕)でも、「何人にも職業選択の自由が保障されていること(憲法22条1項)からすれば、雇用契約上の使用者と被用者との関係において、また、委任契約上の委任者と受任者との間においても、雇用契約ないし委任契約終了後の被用者ないし受任者(以下「被用者等」という。)の競業について、被用者等にこれを避止すべき義務を定める合意については、雇用者ないし委任者(以下「雇用者等」という。)の正当な利益の保護を目的とすること、被用者等の契約期間中の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、雇用者等による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、被用者等の上記自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解することが相当である。」などと判示されています。

ところで、この事案では、ある生命保険会社で働いていた「執行役員」であった原告が、退職後すぐに別の生命保険会社の役員に就任したため、元の生命保険会社が退職金の支払を拒絶して裁判になりました。

この裁判では、原告は「執行役員」という、一般には企業内で相当高位といえる職位でしたが、裁判所は、そのような形式的な役職名にとらわれず、その「職務の実態」を考慮して判断すると述べました。そのうえで、原告は、「取締役に類する権限や信認」を付与されてはおらず、また、「長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場」でもなかったと指摘しました。また、企業側の「正当な利益」については、生命保険会社で勤務したことで得た「人脈、交渉術、業務上の視点、手法等」のようなノウハウは一般的なものであって、その程度のノウハウの流出防止は正当な目的とはいえないとしました。また、このケースでは競業避止義務の期間は「2年」と定められていましたが、「保険業界において、転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化する」との理由で、「不相当」との判断がなされました。その他、原告は執行役員として高額の給与を得ていましたが、このような競業避止合意を締結する前後で給与額に余り差がなかったことから、「代償措置」としても不十分との判断がなされ、結局、競業避止合意が無効と判断されて、原告の退職金請求が満額認められました。

従前は、この種判例の嚆矢といえる「フォセコ・ジャパン事件」裁判例(奈良地判昭45・10・23)で2年の競業避止期間が認められていたことから、一般に2年程度までは判例は有効と解しているかのように解釈されていたような趣きもあったのですが、いわゆるリーマン・ショック以降の近時の労働市場の流動化の時代背景や、業界事情、社会情勢の変化のスピードなども考慮して、本件では2年という期間が長すぎるものと判断されたと考えられます。

今後、企業が労働者との間で「競業避止義務合意」を締結する場合には、競業によって守ろうとする企業側の利益の正当性と、被用者等の契約期間中の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、雇用者等による代償措置の有無等の諸事情とのバランスを慎重に検討し、合意が合理性を欠き、被用者等の職業選択の自由を不当に害するものでないか、事前に十分に慎重に考慮した上条項の内容を精査しておく必要があるといえます。

また、より根本的には、退職者との競業避止合意は補充的なものと位置付け、むしろ不正競争防止法による「営業秘密」の不正利用行為に対する保護の徹底を図り、企業内における「秘密管理」を怠らないような方向性が今後は重要と考えられます。