1 今朝テレビでも報道されていた注目の最高裁判決(平成27年4月9日付)を読んでみました。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/032/085032_hanrei.pdf  判決文原文はこちら

2 本件は、自動二輪車を運転して小学校の校庭の横の道路を通りがかった老人(当時85歳)が、校庭から転がり出てきたサッカーボールを避けようとして転倒して負傷し、その後死亡したことについて、その老人の権利義務を承継した被上告人らが、上記サッカーボールを蹴った男子児童(当時11歳)の父母である上告人らに対し、民法714条1項(責任無能力者の監督義務者等の責任)等に基づく損害賠償を請求した事案です。

この点、前提としてまず男子児童本人の責任が問題となりえますが、民法712条では、加害者が未成年者である場合に、「自己の行為の責任を弁識するに足る知能」を備えていなかったときは、他人に損害を加えても、その賠償の責任を負わない旨を定めています。ここで「自己の行為の責任を弁識するに足る知能」のことを「責任能力」といいますが、その有無については、判例は事案により判断しており、11歳1か月程度で責任能力を肯定した判例もあれば、12歳7か月の子供で否定した判例もあります。しかしながら、おおよそ12歳から13歳以上であれば責任能力ありと考えられ、責任能力が認められる場合は、未成年者であっても本人が賠償責任を負うことになります。本件では男子児童は11歳11か月でしたが、責任能力がないと認定されました。ですから、男子児童に対して賠償請求はできません。
この場合、次に問題となるのは、老人の遺族らは男子児童の親権者である両親に対し、民法714条の監督義務者の責任を追及できるかどうかということになります。民法714条では、責任無能力者が責任を負わない場合に、代わりに、親権者等の監督義務者に賠償責任を負わせているからです。

3 そこで、もう少し判決文を詳しく見てみると、本件の事実関係は次のようなものでした。

男子児童の通っていた小学校では、放課後、児童らに対して校庭を開放しており、校庭の南端近くには、ゴールネットが張られたサッカーゴールが設置されていました。ゴールの後方約10mの場所には門扉の高さ約1.3mの南門があり、その左右には校庭の南端に沿って高さ約1.2mのネットフェンスが設置されていました。また、校庭の南側には幅約1.8mの側溝を隔てて道路があり、南門と本件道路との間には橋が架けられていました。小学校の周辺には田畑も存在し、道路の交通量は少なかったものです。

男子児童は、放課後、校庭で友人らと共にサッカーボールを用いてフリーキックの練習をしていましたが、男子児童が、ゴールに向かってボールを蹴ったところ、そのボールは、校庭から南門の門扉の上を越えて橋の上を転がり、本件道路上に出てしまい、そこに、自動二輪車を運転して通りがかった老人が、そのボールを避けようとして転倒してしまいました。老人は、本件事故により左脛骨及び左腓骨骨折等の傷害を負い、入院中の平成17年7月10日、誤嚥性肺炎により死亡しました。男子児童の両親は、危険な行為に及ばないよう日頃から男子児童に通常のしつけを施していたといいます。

4 本件について、原審では、「本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ることはその後方にある本件道路に向けて蹴ることになり、蹴り方次第ではボールが本件道路に飛び出す危険性があるから、上告人らにはこのような場所では周囲に危険が及ぶような行為をしないよう指導する義務、すなわちそもそも本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務があり、上告人らはこれを怠ったなどとして、被上告人らの民法714条1項に基づく損害賠償請求を一部認容していました。

5 これに対し、本日の最高裁判決は、この判断を覆し、被上告人らの賠償請求を棄却したのですが、最高裁が指摘したポイントは、次のようなところにあります。

(1) 男子児童は、友人らと共に、放課後、児童らのために開放されていた校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、このような男子児童の行為自体は、校庭の日常的な使用方法として通常の行為である。

(2)本件ゴールにはゴールネットが張られ、その後方には南門及びネットフェンスも設置され、これらと道路との間には幅約1.8mの側溝があったのであり、本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても、ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみられない

(3) 本件事故において、男子児童が、殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない

(4) 責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが、本件ゴールに向けたフリーキックの練習は、通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また、親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は、ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない

(5) 男子児童の父母である上告人らは、危険な行為に及ばないよう日頃から男子児童に通常のしつけをしていたし、男子児童の本件の行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない

以上を指摘したうえで、最高裁は、上告人らにおいて民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったと判断したのです。

6 コメント

本日の最高裁判決は、判決文を読む限り、極めて社会常識に適った穏当な結論のように思います。

というのも、原審では、両親に対して、前記のとおり「そもそも本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務」なるものを認めて責任を肯定しているのですが、かなり無理があると言わざるを得ないと思います。そんなことを言えば、折角放課後校庭でサッカーの練習をしても良いように学校も認めてゴールポストが設置されているのにも関わらず、親としては、あえて子供に対し、間違って蹴ったボールが道路に出ると危ないから、そもそもサッカーの練習などするなと指導しなければならないことになるからです。この男子児童の両親に対し、子供にそういう指導をすべきだったと後知恵で責めるのは余りに酷でしょう。

本件は、男子児童が放課後学校が開放している校庭で、学校が設置したサッカーゴールにてフリーキックの練習をしていた際、たまたま蹴ったボールが予想外の方向に転がり、結果として本件事故が起こったに過ぎない、というのが実態でしょう。普段交通量の少ない道路であるとの認定もされており、仮にこの男子児童に責任能力があったとして、そもそもこの男子児童にどの程度の過失責任が問えたでしょうか。また、老人が死亡した直接の原因は骨折で入院中の「誤嚥性肺炎」であり、転倒による傷害は直接の死因ではなく、この点でも予想外に不運な経過を辿ったものでした。結果の重大性に目を奪われすぎるのは相当とは言えません。

サッカーゴールに向けてボールを蹴りフリーキックの練習をすることは、例えば(子供同士の遊戯などで)空気銃を発砲するというような行為と比べ、行為の類型的にみて、危険性の高い行為とはおよそ言えないでしょう。親権者としても、子供が学校でサッカーの練習を通常の学校内のルールに従って行っていることを前提とすれば、それ以上の指導監督の義務はないと考えるのが通常の感覚と思われます。

これは全くの想像なのですが、男子児童の両親において子供が他人に危害を加えた場合の賠償責任保険等に加入しており、実質的にその保険金から賠償金を支出させることを意図して、いわば「被害者」救済のために、原審はあえてこのような判断をしたのではなかったかとも考えられます。

いずれにしても、このような事案で両親に監督責任を認め賠償責任を課すことは、常識的感覚からすれば、ほぼ「結果責任」を課すことに等しく、近代私法の三大原則の一つである「過失責任の原則」を相当歪めるものだとの判断が働いたものと考えられます。

突然このような事故に遭遇し、結果お亡くなりになられたご老人、その遺族に対しては大変お気の毒ではあるものの、法律的にはやむを得ない結論のように思われます。