代表弁護士の川村です。当HPをお読みいただきまして有難うございます。

最近当事務所の客員である岡田尚明弁護士が過去に取り扱った事件などを振り返って書かれた随想「あしあと」を出版されました。今回は、その中から、2編をご紹介させていただきたいと思います。
岡田弁護士は、私が司法修習生時代に実務修習地である大阪での弁護修習でお世話になったご縁で、その後も一緒に事件をさせていただいたりしていました。平成19年1月に私が独立する際に、岡田弁護士を客員として当事務所にお招きしました。

今回ご紹介するエッセイ「ウルトラCの消滅時効」はまさに私が弁護修習でお世話になっていた際(平成5年夏ころ)の事件で、私自身文献や判例調査、抗告状における抗告理由(後記抗告審決定書「別紙」参照)の起案などのお手伝いさせていただいた思い出の事件です。
もう一つの「おばあちゃんの大事なへそくり」は私が弁護士登録後、最初に所属した事務所でのイソ弁時代(平成8~9年ころ?)に岡田弁護士と共同して受任させていただいた、こちらも予想外に上手く解決に至った思い出の事件です。

弁護士の実際の活動の一端をお知りいただければと思い、ご紹介する次第です(なお、手続や法令は当時と現在では異なっている場合がありますので、ご留意ください)。

「ウルトラCの消滅時効」

私の顧問会社第1号になってくれたある会社の社長さんから、相談を受けた。「8年ほど前に県人会で知合った社長から、ある九州の銀行の借金200万円について、連帯保証人になってくれといわれてなったところ、最近自宅(大阪)の土地建物に3000万円の不動産仮差押を受けた」というのである。私は、とにかくその仮差押の記録の謄写【裁判所にいる謄写館に依頼して、「謄写証明印」のある記録のコピーをとること】をしよう、委任状を下さい、といって委任状の用紙を渡した。ところがなかなか送ってくれないので催促したところ、「相手銀行の支店長が突然来訪、500万位で結着してくれるならカキ集めて払うがどうかといったところ、持ち帰って検討すると言ってます」とのこと。私はとにかく早く委任状を送ってください、とお願いした。

銀行からは結局示談は断られた。私は、主たる借主の会社の代表者の登記簿上の住所に伺ったのだが、表札が全く違うし、郵便も「あて所に尋ねあたらない」として返戻されてくる。いわゆる夜逃げである。委任状が着いてから、早速「仮差押異議の申立」をし、銀行の債権は消滅時効5年であるから消滅時効を援用する、と主張した。ところが、先に述べた500万円でどうかといったことが保証債務の承認となり、時効の中断(時効完成後の時効利益の放棄)に当るとして異議申立て棄却の決定が出たのである。

困った私は、再び夜逃げした会社の謄本【会社(法人)は法務局に会社概要をすべて登録(登記)しており、いつでも誰でもそのコピー(謄写)を請求できる】をとってみたところ、なんと前の社長が再登記されているではないか。会社社長の登記は大体2年毎にすべきところ、夜逃げの時から早や6~7年を経過し、その借主社長は再び会社を動かしていたのであった。しかしその住所は前と同じで、架空であり、郵便がつかない。やむなくこの役員変更登記を担当した司法書士を調査し、直談判をして、借主社長の真実の住所を聴き出した。そして当方の社長本人を連れて奈良県王寺の彼の自宅を夜の8時頃突然訪問したのである。

出てきた彼は、会うなり「社長、ご迷惑をおかけしてすみません」といった。そこで私は、先ずかねて準備していた「銀行宛借主会社(主債務者)として消滅時効を援用します」という内容証明郵便3通への社長実印による捺印を依頼し、同時にその実印の印鑑証明書を法務局からもらえるだけの必要書類(印鑑証明申請書・委任状など)への捺印をしてもらったのである。そして内容証明を発信し、印鑑証明書を取得して、それらすべてを裁判所に提出(副本として当然相手銀行代理人弁護士にも送達)した。

この件は連帯保証債務である。連帯保証債務も保証である。保証とはあくまで主債務を補充するものである。保証債務が時効中断(時効利益の放棄)により消滅時効にならなかったとしても、主債務が消滅時効にかかり、その主債務者が消滅時効を援用(法律上主張すること)することによって、消滅時効がとおるとなれば、補充的立場にある保証債務も自動的に消滅するのである。これを保証債務の附従性と呼ぶ。銀行の債権は5年で消滅時効にかかる。本件債権者たる銀行は、借主会社(主債務者)に対し、5年間全く何の手続きもしていなかった。よって、今回の借主会社からの消滅時効援用の内容証明郵便によって、完全に消滅時効が完成し、その保証債務も消滅したのであった。

その後裁判所で相手方弁護士にお会いしたとき、彼から「先生、ウルトラCを出してこられましたネ」と笑いながら言われた。抗告審の決定では、当然逆転して、「仮差押取消」。当方の全面勝利となった。この決定確定後、私は急いで依頼者社長に喜んでもらおうと報告の電話をした。既に彼は入院中で、喜んでくれたが、その後、3ヶ月もたつかたたぬうちに他界されてしまった。間に合ってよかったァーと実感した。

(川村注:この件はそれまで判例がなかったケースだったため、後日判例集に搭載されることとなりました。大阪高決平5・10・4判タ832・215他)
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=22257 裁判所HP
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/257/022257_hanrei.pdf 抗告審決定http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/257/022257_option1.pdf 決定書別紙(抗告理由他)

「おばあちゃんの大事なへそくり」

バブルが崩壊した頃であったろうか。尊敬する先輩から紹介を受けたおばあちゃんから次の様な依頼を受けた。

亡くなったご主人の遺産(退職金を含め約1億)があり、自分の家を建ててもらおうとある不動産屋に依頼して建ててもらった。その不動産屋から、東京にあるビルの一室を借りてそれを東京郵便局に転貸しており、自分が支払う賃料より郵便局から受取る賃料の方が高いから、銀行金利よりはるかに多く儲かる。ただ敷金8000万ほど要るが、銀行に預けるより得です。やってみませんか、といわれてそれに乗ってしまった。ただ、これからの老後、8000万円は自分で使えなくなってしまうので、なんとか取戻して貰うことはできませんか、というのである。

私はそのビルの契約書、郵便局との契約書などを詳しく調べてみた。するとビルとの賃料は2年毎に改定となっているが、郵便局との賃料は3年毎に改定となっているではないか。その頃バブルはハジけており、普通に値上げも難しいのに、このままでは、徐々に目減りし、やがては赤字になること必定と判断された。不動産屋にまんまと「抜け逃げ」されたものと思われた。

私は早速その不動産屋と折衝。「おばあちゃんの最後のふところ金をそんなビル敷金につぎ込んでしまっては、あとが困ることハツキリしているじゃないか。元に戻せ!」と迫った。不動産屋は弁護士を代理人に立て、なんといわれても、その不動産屋自体が倒産寸前で、とても戻せる様な資力がないとの一点張りであった。やむなく、応援を頼んだ弁護士川村和久氏と二人で、ビルのオーナーと会おう、と東京に飛んだ。

先方は依頼している税理士さんも同席され、「お預かりしている敷金は使わずにちゃんと保管しています。」と述べた。その他いろいろ話をして、新幹線で大阪に戻る途中、川村弁護士から、「先生、東京郵便局に直接このビルを借りてもらって、当方は抜ける、という案は如何でしょう?」といわれた。当方一応解約することで敷引分【賃貸借契約で借主が契約時に差入れた保証金(敷金)のうち、解約時にその何%かを差し引いた残りを返還するという特約における、その差し引き分のこと】だけ損はするが9割近くの敷金は戻ってくるね-と考えた。依頼者に念を押すと、それで結構ですといわれた。

そこで東京郵便局の役付の人にアポイントをとり、再び二人で上京、郵便局の了承を得、ビルオーナーとも了解をとって、解約合意書と郵便局との関係契約書の作成にこぎつけ、7000万前後の敷金回収に成功した。

ただ前後にビルオーナーについた弁護士はなかなか速やかに対応せず、ずいぶん腹を立てさせられた記憶がある。あとから聴いたところ、東京郵便局はこのビルの他の階に前から借りていた部屋があったとのこと。あの不動産屋は何だったのかと首をかしげた事案であった。とにもかくにもおばあちゃんの大きなへそくりが戻り、ヤレヤレのケースであった。