1 はじめに

代表弁護士の川村です。私はこれまでの執務経験の中で医事紛争(医療過誤)の相談・訴訟案件も相当数手がけてきました。今回は、医療事故を巡る紛争についての法律知識を連続3回で採り上げたいと思います。
私が、これまで取り扱った主な訴訟には、次のようなものがあります。下記はすべて患者側の代理人として関与しています。いずれも最終解決までに数年かかり、弁護士にとっても依頼者にとっても非常に重い負担のかかる案件でした。

・糖尿病患者の十二指腸穿孔を見落とし、腹膜炎に至らせて、結果救命はしたものの片足大腿部切断となり、入院中の患者管理の過失が問題となった事例(一審請求棄却、控訴審で和解)

・肝臓癌の手術を受けたが、術中に大量出血があり手術直後に死亡し、術前の輸血準備等の過失が問題となった事例(勝訴)
神戸地判平14.4.22 裁判所HP http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/218/007218_hanrei.pdf

・白内障手術において術中トラブルが発生し、対処したものの失明し、手術の過失が問題となった事例(和解)

・腹腔鏡下胆嚢手術(胆嚢摘出術)の術中に十二指腸穿孔が発生し、そのまま縫合して手術を終えたが、縫合不全による創部からの感染を原因としてDICに陥った後死亡し、手技の過失及び術後管理の過失が問題となった事例(請求棄却)

・子宮体癌の患者が死亡し、検査の際の見落としによる治療の遅延による過失が問題となった事例(請求棄却)

・出生時に胎児仮死、新生児仮死に陥り、重度の後遺障害を負い、担当医が急速遂娩術を怠った過失が問題となった事例(一部勝訴)

・糖尿病、腎不全で人工透析を受けていた患者が心臓カテーテル検査を受けた後、膝窩動脈に血栓症が発症し、足趾全部切断に至り、検査のミスや説明義務違反が問題となった事例(一部勝訴)
大阪地判平14.11.29 判時1821号41頁

・患者が左尺骨骨幹部開放性骨折の治療として経皮的ピン髄内釘固定手術を3回にわたり受けたが、その後、反射性交感性ジストロフィー(RSD)にり患し、手術手技や経過観察の過失が問題となった事例(和解)

・髄膜炎との診断のもと治療を受け、症状が軽快により退院したが、1週間後にくも膜下出血を起こした結果、左上下肢機能全廃の後遺症を負い、当初入院時のくも膜下出血見落としの過失が問題となった事例(勝訴)
大阪地判平18.7.28 裁判所HP http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/467/033467_hanrei.pdf

・インプラント手術の失敗により左側下唇、オトガイ部等に知覚障害、神経麻痺等の後遺障害が残存した事例(和解)

・美容外科において目の垂みをとるため下眼瞼手術を受け、両眼下睫から離れた目立つ部分に瘢痕化した線条痕を残し、手術の過失が問題となった事例(和解)

・手首(橈骨神経領域)付近における採血時による末梢神経損傷により、その後CRPSにり患し、臨床検査技師による採血手技等の過失が問題となった事例(請求棄却)

2 医事紛争事案の特徴

医事紛争事案のご相談は、患者が死亡したり重度の後遺障害が残るなど重大な結果が発生している事案も多く、こちらも非常に重い責任と緊張を感じながら相談にあたります。
しかも、患者や家族(遺族)、相談にあたる弁護士自身も通常は医療に素人であり、また、客観的な資料であるカルテ類をあらかじめ医療機関から入手してから相談に来られる事例も稀で、当初の相談時において、ご事情をお伺いする範囲内で、果たして実際に医療ミスがあるのか、あるいは、最善の医療は尽くされたが現代の医療においてはやむを得ない不可抗力ともいうべきものであったのかが、直ちに判然としないことが多いというのもこの種相談事案における特徴です。

通常医療事故が発生した場合、医療機関側は患者側に一応何が起こったのかの説明をする場合が多いですし、我々自身現代の医学が決して万全なものでないことも知っており、この段階で担当医が誠意をもって納得の行く説明を行ってくれれば、紛争に至らない場合も多いといえます。ただ逆に、医療機関側が責任回避的な態度に終始したり、誠意のない対応をしたことをきっかけに、我々法律事務所にご相談に来られるケースも大変多いように思います。

近時、医学の発達に対する社会の期待や患者の権利意識の高まりに加え、医療機器が高度に発達した反面それを用いる医師やスタッフの水準がそれに応じていないなどの様々な要因により、医療事故・医事紛争が発生する契機が年々増大しているといえます。
ただ、裁判統計的には、一時は年間1000件を超えた医事関係民事訴訟の新受件数ですが、平成16年をピークに増加から減少に転じ、直近の平成25年では809件となっています。なお、平均審理期間は約23か月で一般民事事件の約2倍、逆に認容率(勝訴率)は、患者側に有利な解釈を示した相次ぐ最高裁判決の影響もあって一時期40%を超えていた時期もあったのですが(平成10年は45%)、その後再び徐々に低下して、平成25年は24.7%と一般民事事件よりかなり低い数字となっています。

(参考)http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/201405izitoukei1.pdf 「医事関係訴訟事件の処理状況及び平均審理期間」
(参考)http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/201405izitoukei3.pdf 「地裁民事第一審通常訴訟事件・医事関係訴訟事件の認容率」

なお、診療科目別では、内科、外科、整形外科、歯科、産婦人科などが、訴訟事件数の統計としては多いようです。

(参考)http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/201405izitoukei4.pdf 「医事関係訴訟事件(地裁)の診療科目別既済件数」

なお、このように近年訴訟件数が減少している背景には、1つには世論の動向として、一時期「医療崩壊」が社会問題化し、医療機関の現状に対する理解が広まったことがあげられると思います。というのは、福島県立大野病院で、平成16年12月に帝王切開手術を受けた産婦が死亡、執刀した産婦人科医が業務上過失致死と医師法違反の容疑で平成18年に逮捕起訴され、日本で初めて医師個人が業務上過失致死罪で起訴されたとして世間の注目を集めたのですが、平成20年に無罪判決を受けました。これを機に、医療現場、特に産科・救急の場での医師の厳しい労働環境が明らかになり、メディアの論調が変わったとされているものです。
もう1つの要因としては、近年の医療機関における医療安全への取り組み、努力の成果があげられると思います。また、患者や家族からのクレーム対応、患者や家族とのコミュニケーションの重視・対話による相互理解の促進に関する各医療機関の努力という点もあげられるでしょう。このことは基本的には医療側、患者側双方にとって喜ばしいことであるといえると思います。

(次回に続く)