2023/10/28 エッセイ
デジタルとアナログのバランス雑感(弁護士川村和久)
代表弁護士の川村です。久々のエッセイです。
昨今デジタルが身の回りに溢れています。世間的には遅れていると思われている我々弁護士の業界でも、仕事でパソコンを使用する場面が、まあとにかく多くなりました。最近は、裁判期日もほとんどがウェブでのオンライン期日になりました。昔イソ弁の頃(1990年代)、わずか10分で終了する午後1時の弁論期日に出廷するために、片道3時間かけて札幌地裁に出張し、期日後帰りの飛行機の時間が来るまで、「味の時計台」で美味しい味噌ラーメンを食べたり、本物の「時計台」で札幌農学校の歴史を学んだり、大通り公園で雪まつりを見たりしたことが、今や懐かしい思い出です。人生には無駄や回り道も時には必要なもの。昔はそんな「無駄」や余裕があり、若い法曹が経験を通じてある種人間として、社会人としての「幅」を身につけることもできたように思います。かつての牧歌的で余裕のあった時代の思い出話に過ぎませんが、昨今では本当に世知辛い世の中になってきたものです。
いずれにせよ、今時、パソコンに習熟することは、当たり前のように(些かアナログ(アナクロ?)チックなイメージのある)弁護士業界にとっても必須の技術となっています。
昔は、打合せ時も、紙のノートにシャーペンでクライアントの話を熱心にメモしていました。
最近では、私の場合、打合せ時には必ず愛用のノートパソコン(レノボのThinkPad X1yoga)を会議室に持込み、クライアントの目の前でおもむろにディスプレイを開き、「Windows OneNote」を起動して事案毎にページを作成し、そこに打合せ内容を打ち込んで行きます。このノートパソコンは、私のメインマシンで、自席では、据え置きのモニター大小2つ(EIZOの大きなのと、Amazonで購入した中国製の小さめのやつ)とレノボの専用ドッキングステーションを介して繋げており、打合せ時には、ワンタッチでドッキングステーションから切り離してPCを会議室に持ち込みます。もちろん事務所内では安全なWi-Fiで、ユビキタスにインターネット接続可能としています。相談中、調べたいことが出てくれば、ネット検索してその場で即座に調べることも可能です。
それから、私の場合は、(かなり訓練しましたが)ほぼ人がしゃべるスピードでタッチタイピングができるので、必要がある場合には、ほぼ相談者が話をされたことをそのままタイプして記録してゆきます。
以前のように打合わせた事項についてシャーペンでノートにメモをした場合、それを訴状や準備書面にする場合に、再度打ち込まなくてはならず、(事務局との共有という面からも)それでは非効率です。しかも、さすがに、手書きではクライアントが話したことを全て正確にメモすることはかなり困難です。
打合せの時点から、パソコンでメモを取るようにすれば、そのまま訴状や準備書面の記述に加工することが容易に可能となり、作業性や生産性が格段にアップします。
ただ、相談中パソコンの画面ばかり見ていては、相談者が不安に思うこともあるでしょう。そのため、相談者ときちんとアイコンタクトをとりながら、手元でブラインドでタイプできるようタッチタイピングの技術を磨いておく必要があるのです(昔小学生のころ一時期ピアノを習っていたことも効を奏しているかもしれません)。
さて、冒頭記載しました昨今の裁判事情としても、2025年の民事裁判の全面IT化を見据えて、とにかく最近の裁判所は、MicrosoftTeamsを多用し、mintsなる専用システムで準備書面もすべてアップロードすることを求めてきています。また、裁判体により、独自のITを利用した審理方法を工夫されているようであり、最近私の担当する事件が係属している大阪地裁の第10民事部(建築専門部)のやり方と、こちらも最近係属した大阪地裁堺支部の合議体のやり方とでは、同じく紙ベースの書面を当面提出せずに進めるやり方ではあるのですが、詳細が全く異なっています。このようなことに混乱せずに着いてゆける弁護士が正直どの程度いるのか、私の周りの話を聞いていても、少なからず不安に思うところです。
ともかく、最近は、判例検索もネットでできますし、法律文献もネット上のサブスクで検索が容易になりました。我々の日常業務である「契約書チェック」についても、ネット上のシステムでAIが重要なポイントを指摘してくれるので、大事な観点の漏れ落ちの心配が随分低減されています。事件記録等もデジタル化してセキュリティがしっかりしているクラウドに保管しておけば、テレワークも容易です。ともかく仕事上はIT、デジタルを活用することで大層便利になり、生産性、効率性は昔と比べ格段に向上していることは事実です(もちろん紙の使用を極力減らすことでSDGsにも貢献していることは言うまでもありません)。
今後とにかくデジタルの活用が必須となるにつけ、デジタルを使いこなせる弁護士と、そうでない弁護士が、近い将来二極化してゆく恐れが現実化するでしょう(もうある程度そうなっています)。
とにかくIT化、デジタル化は、昨今の我々業界でももはや無視できない大きな流れとなっているというわけです。
しかし、問題は、、、、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。これだけデジタルが「はびこる」と、かえってアナログの「味」というか、「幅」というのか、余韻というか個性というべきか、表現は難しいのですが、そういったものが懐かしい。
実は、コロナ禍で、折からの裁判IT化やテレワークなども見据え、上記のように事件記録のクラウド保存化に加え、当事務所でも、事務所内の弁護士のスケジュール管理について、所内で容易に共有できるよう、それまでは紙ベースで管理していたのを(共用のスケジュール帳に、わざわざ手書きで転記)、令和2年ころからスケジュール管理にGoogleカレンダーを使うようにしました。Googleカレンダーに予定を入力すれば、自分のスマホ、事務所PC、自宅PCのどこからでも、24時間事務所全体のスケジュールにアクセスでき、かつ事務局PCと共有することで、事務局が弁護士のスケジュールをリアルタイムかつ確実に把握可能です。
実はそれまで私は、モンブランの黒革の分厚いシステム手帳を愛用し、リフィルは、コヴィー先生(『7つの習慣』)ご推奨の「フランクリン・プランナー」を愛用していました。いわゆる手帳術(00年代から一世風靡した「自己啓発」ブーム参照)にも興味を持ちつつ、バリバリのアナログ管理派だったのです。多分システム手帳は2006年あたりから使っていたので(それ以前は、「弁護士日誌」という業界でポピュラーな弁護士専用手帳を愛用)、事務所に弁護士登録以来20数年分の過去歴年の手帳やリフィルが残されています。
このような手帳の良いところは、単に仕事のスケジュール管理だけでなく、その折々で自分の達成したい目標や日々のタスクを書いたり、日常の学びや気付きをメモしたり、読書していて気を引いた惹句をメモしたり、家族との思い出を記録したり、色んなことを自由にメモすることができ、そういったことを後で見返したりするのも、あのときこんなだったなぁと感慨に浸れるなどそれなりに好ましい点もあったわけです。つまり、自分の歴史(単に仕事だけでない自分史全般、成長史)がそこにありありと刻み込まれてきていたといっても過言ではないわけです。
ところが、今年の4月、ようやくコロナも明けようとするころ、ふと気付いて愕然としました。
というのも、前記のとおり令和2年ころから紙の手帳を廃止し、Googleカレンダーでスケジュール管理をしていたため、日々に気付いたこと、折々の目標管理やタスク管理、自分に対する励ましの言葉など、それまでは自筆で手帳にアナログで書き込んでいた雑多なメモというものが全く失われていた(つまり折々で全く記録をしていなかった)ことに気付いたのです。3年程デジタルで記録された仕事のスケジュールの記録はあるものの、先述した日常の雑多なアナログの記録を全く付けていなかったことに愕然としたのでした。自分なりに、この間デジタルにバランスがシフトしすぎていたことに、多少大げさに聞こえるかもしれませんが、大変なショックを受けたのです。他方、記録はなくとも記憶さえあればと思ったのですが、そういった記憶も結構曖昧であることに二重にショックを受けました。大切な思い出が、どうもきちんと記憶にも記録にも残っていなかったのです。こうして、この4月(令和5年4月)に、記録の大切さ(「記憶を記録化すること」)とともに、「デジタルが従来のアナログを未だ全面的に代替化しうるものではない」という厳然たる事実(!)を、「失われた3年間」の深い後悔とともに、真剣に考えることになりました(*)。
世の中のデジタル化はコロナ禍で一気に進みました。同じ悩みを感じている人もいるはずだと、ネットで検索したりもしました。そうすると、あるものですね、YouTubeの動画で、ある人は私と同じ思いをして、結局その人はアナログの手帳に戻すと言っていました。しかし、私自身、深く考えましたが、今更、スケジュール管理を手書きの手帳に戻すことは全く考えられません。Googleカレンダーの便利さ(共有化以外にも色々。ここでは割愛します)を知ってしまった以上、それを手放すことなどできないと思いました。そしてそれでは今後のデジタル化社会に、「気付けば取り残されている」といったことになりかねません。
そこで、色々熟考した結果、スケジュール管理機能は従来通りGoogleカレンダーに委ねつつ、日々の日常の記憶を記録に留めるのは、別途ノートを準備し、そこに手書きでアナログに自由に書き留めてゆくのが良いと思い至ったのです(そのときに、我ながらこれは凄い大発見だと思いました。YouTubeでこのアイデアを語っている人は全く居なかったのです。)。
実は、このアイデアは偶々上記の悩みを抱えつつ、堂島のジュンク堂書店に行った際に目にした「バレットジャーナル」の本(*)を見つけ、それをヒントにしたものでした。
早速ロイヒトトゥルム(*)の色鮮やかなノートを買い求め、また、使用する筆記具は、昔司法試験受験時代に使っていた万年筆と決め、しかも、青が好きなので青色で記入することにしたのです(なお、青にはリラックス効果があると言われています)。
万年筆も、モンブランだのペリカンだのウォーターマンだのセーラーだの色々試すうちに、最終的に雑誌である書道家の先生(*)が紹介されていた「ST.Dupont」の万年筆(*)が素晴らしく書き味も良く、また、持った時の重量に重厚感があり、それに、キャップ(デュポンは嵌合式を採用)を閉めるときの「カチッ」という音や感触が大層気に入ってしまいました(ちなみに、このデュポンの万年筆は「007」の映画(*)にも登場しボンドが使用していますが、この「カチッ」音が映画でも印象的に使われていました。)。今では、朝晩、ノートに、純正のロイヤルブルー色のインク(これがまた凄く綺麗なブルーなのです。実はブルーのインクにも色々あり、各社様々試した末にこちらに落ち着きました)を用いて、年間や月々の大まかなスケジュールと目標に加え、毎日様々思ったこと、気付いたことなど、日記的に記入することが日課となっています。そして、例えば、会合などで食べた料理の記録や旅行やイベント等に行った際の記録なども、メニューやレシート、入場券などをざっくりノートに貼り付けておき、後々容易にその折々の場面、その時に自分が思ったことや感じたこと、考えたことなどが思い出せるようにしています。
そして、そういったことを思い付くままにノートに書き込んでいるときは、そのことに集中している状態で、一種の「禅定」の境地になり、精神が研ぎ澄まされ、集中力が増し、日々のストレスなども自ずと発散されてゆくかのようです(デトックス効果というのでしょうか)。なぜか以前より字も意識的に丁寧に書くようになりました。。
デジタルとアナログ。。。
最近の自分にとっては、その両方がやはり必要であり、しかも、その両方の上手いバランスをようやく発見できたように感じており、しばらくはこの方法を継続することになるだろうと思っています。なかなかお勧めですよ。
もし、今年4月の私のように、デジタルとアナログのバランスにふと迷われた方が万一おられましたら、この原稿が何かの参考になればと思います。
(参考)
*現在では一般的になったZOOM等によるオンライン会議も便利は便利ですが、リアルに対面して話し合うことには敵いません。そもそも目線が合わず、アイコンタクトができないのが致命的です。また、二次元の画面は、多くのノンバーバルな情報をそぎ落としてしまいます(空気感というのか、その人の匂い、微妙な所作、視線の動きなどが捨象されてしまいます)。ノンバーバルな情報の重要性は、心理学的な常識の範疇です。かつてCDが登場した際、波形のアナログ情報をデジタル化したことで階段的な波形となり、かつ、人間の可聴域を超える音域をカットしたことでデータを節約して、アナログレコードの豊かな情報量を削減したわけですが、本当の音楽ファンにとって、その違いが無視できるものではなかったのと同じことのように思われます。
*バレットジャーナルとは、アメリカ人のデジタル製品デザイナー、ライダー・キャロル(Ryder Carroll)氏が考案した手帳術のこと 最近ネット上でも話題です 確かに皆さんアナログ回帰の傾向はあるように思います
*ロイヒトトゥルム(ドイツ)のノート 伊東屋オンライン 他に似たようなハードカバーのノートで「モレスキン」も有名ですね。個人的には、見開きでA4になり、コピーしやすいこと、万年筆で筆記した際に裏写りが少ないことから、ロイヒトトゥルムに一日の長があるように思います。万年筆用の紙と言えば、日本にも、海外にその名を轟かせたトモエリバー(巴川製作所)という名品があったのですが、現在では生産中止のようです。
*「ある書道家の先生」 大江静芳先生 YouTubeの「静芳(せいほう)のYouTube書塾」ではペン字のレッスン動画や文房具紹介などの動画が多数投稿されており、必見です。私自身、小学校の頃母親がペン習字(硬筆)の教室を開いていてそこでレッスンを受けていたので、字を書くのは元々好きな方です。漢字はアルファベットと違って、それ自体アート的な魅力もありますね。
*S.T. Dupont 公式ページ フランスの代表的企業らしいのに、英国情報部MI6の秘密諜報員の映画である007とコラボしたり、数あるブルー色の中でも英国王室の公式カラーである「ロイヤルブルー」をわざわざ前面に出していたり、何となく「英国推し」っぽいのも面白いと思います。ちなみに、ブルー系のみならず、(アンミカさんの名言「白って200色あんねん」ではないですが)万年筆のインクも文具店に行けば様々売られていていて(例えば、三宮の「ナガサワ文具センター」さんなど。「Kobe INK物語」は有名ですね。)、凝り出すと「インク沼」にはまってしまう人も多いようです。
*2015年公開の「007/スペクター」の36分30秒あたりから確認できます。使用されているのは、ラインD(エリゼ)ブラックラッカー&パラディウム。ちなみに、「ラインD」はフランス大統領官邸であるエリゼ宮殿の公式筆記具としても採用されているとのことです。なお、下記写真は同社の「オランピオ」という別のシリーズです。個人的にはラインD(のラージサイズ)より少し小振りなサイズなので手に馴染んで使いやすいかなと思っています。インクボトルは、文中に引用した同社純正のロイヤルブルー色です。ボトル自体重厚で、宝石のような輝きを放ち、気に入っています。