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2023/10/05 トピックス

「契約書のリーガルチェック」の重要性について(弁護士川村和久)

代表弁護士の川村です。前回は、中小企業の経営者の皆さまにとって、顧問弁護士を依頼する意味について、私が普段考えていることをお話ししました。

そこでは、顧問弁護士は「経営者の良きパートナー」の役割を果たすことができる、と申し上げました。

今回は、顧問弁護士に依頼する事項の中でも最も典型的な場面である、「契約書のリーガルチェック」について、大事なところですので少し掘り下げてご説明しておきたいと思います。

【契約書のリーガルチェックとは】

我々が日頃ご依頼を受ける「契約書のリーガルチェック」ですが、チェックを依頼される契約書には、取引基本契約書、秘密保持契約書が圧倒的に多いのですが、その他として、業務委託契約書、システム開発契約書、保守契約書、代理店契約書(業務提携契約書)、OEM契約書、工事請負契約書、設計契約書、賃貸借契約書、労働契約書、不動産売買契約書、特許権等実施許諾契約書、フランチャイズ契約書等々様々な種類の契約書が含まれます。

【事前の弁護士によるチェックの重要性】

1 例えば、取引基本契約書を例にとります。
多くの中小企業では、自社独自の契約書の書式を保持しておらず、先方企業が提示してきた契約書式を中身の十分な検討もないまま押印しているといったケースが、実は案外多いのではないでしょうか。

しかしこれは企業経営を行うにあたり望ましい態度とはいえません。

2 企業間で取引を開始するにあたり、「相互の権利義務を明確に定めておくこと」はすべての出発点になります。
取引には相互の企業の「信頼関係」構築が必要ですが、企業間の信頼関係とは、いかなる場合でも「契約書」が出発点であり、かつ、最後に立ち返るべき拠り所でもあるのです。
この重要性は、いかに強調しても強調しすぎることはありません。

普段中小企業の経営者の方々とお話ししていると、この点の認識が十分でない方が意外に多いように見受けられます。

3 例えば、「先方の企業はきちんとした企業なので信用しているから提示された契約書も問題があるはずがない」とか、「契約の当初から紛争になった場合を想定するのは、結婚する時に離婚の条件を決めるようなもので、何となく縁起が悪いし、契約書にこだわるのは、相互の信頼関係の構築にかえって水を差すのではないか」、「そもそも本来契約書など無くても、互いの信頼関係さえあれば良いのであり、契約書であれこれ細かいことを決めるのは先方を疑っているようで水臭いし、自分の倫理観としても受け入れにくい」等々の趣旨のことをおっしゃる方は結構多いのです。

しかしながら、企業間の取引のベースとなる信頼関係と、個人の信条やモラルを混同することは企業経営者として正しい態度ではないと私は考えています。

4 企業間の取引を開始するにおいて、まだその企業間の信頼関係は何も形成されていません。その中で本当に頼るべき「善意」や「信頼」は存在しているでしょうか。実体はあるのでしょうか。

実は、我々弁護士の経験からすれば、企業間取引で紛争が生じる大きな原因に、「契約条項が曖昧である」という点があげられます。

契約条項が曖昧だとどうなるでしょう。
契約条項が幾通りにも解釈できてしまうことにより、取引当事者間で解釈が異なってしまい、そのことで紛争が生じるケースが本当に多いのです。
互いに主観的には自分たちの解釈の方が正しいと思っているのですから、相互の主観的な「善意」や「信頼」でこのような認識の不一致を解消することは大変困難なことだということはご理解いただけるのではないでしょうか。

そのような事態を未然に防ぐためには、契約書の条項の文言を、事前にできる限り「一義的かつ明確に」しておくことが求められるといえます。
各企業間の取引は千差万別ですし、各種取引に応じた特殊事情もあるかもしれません。それを法律の専門家でない方が独自の解釈や作法で対応してしまうことは非常に危険を伴います。
我々弁護士の目から見れば、そもそも「紛争発生の余地を取引当初から抱えている」といったことになりかねません。

当該企業にとって重要な契約書であるからこそ、それを締結する前に、弁護士という法律の専門家の事前チェックをうけ、あるいはオーダーメイドで当該取引に最も適切な契約書書式の作成を依頼すべきだといえるのです。

5 もとより企業経営には責任が伴います。もし、その取引で万一紛争が生じた場合に、契約書が自社の法的権利や利益を十分に守られる条項になっていない場合、あるいは容易に紛争を生じやすい契約書となっていた場合、事によっては経営状態や会社の存続にすら重大な悪影響を及ぼすリスクがありえます。
逆に、経営者の法的な物事に対する適切な意識や態度(これを「リーガルマインド」といいます)次第で、そのような事態をできる限り防ぐことができるのです。

取引を開始するにあたり、当該取引に含まれる潜在的なリスクを洗い出して、そのリスクを評価し、重要なリスクについては事前に契約条項できちんと手当をしておく、契約条項で不明確な表現は明確な表現に手直しする、紛争が生じやすいと思われる事項について事前にルールを明確化する、そのことによって、「紛争の発生を未然に防ぐこと」が、契約書のリーガルチェックにおける主たる目的です。

その意味で、「契約書とは紛争が発生した場合にどうするかを決めておくもの」(≒紛争発生を予想させる忌まわしいもの)という多くの経営者が抱いておられる前記の印象も十分的を射たものとは言えません。

6 また、契約書をできる限り「自社に有利に」しておく、というのが「契約書のリーガルチェック」の大きな目的ではありません。
取引は相互の利益のバランスが取れていなければ長続きするはずがありません。
企業間で末永い取引関係の構築を目指すのであれば(多くの企業の本来の目的はそこにあるはずです)、ことさら「自社に有利」にこだわるのは得策ではなく(仮にこだわっても相手方が容易に受け入れず、契約交渉は紛糾するでしょう)、むしろ相互の取引利益にバランスの取れた契約書を取り結ぶことが適切であり、本来望ましいといえるでしょう。

7 このように、契約書の事前のリーガルチェックは、自社に一方的に有利な取引を目指そうとしているものではなく、相互の権利義務を取引開始当初に一義的かつ明確に定めておくことにより、相互の認識の不一致からくる紛争の発生を未然に防ぐことに主眼があり、また同時に、紛争発生時にもその解決ルールを事前に明確に定めておくことによって万一の紛争発生時にもその解決を容易にすることを目的としています。
すなわち、互いの企業にとっての利益となるよう、事前に相互にリーガルチェックを行い、上記のような目的に適う適切な契約書を「協力して」作り上げてゆく作業であるのです。

まずは、改めて、そのことの認識を深めていただきたいと思っています。

8 なお、経営者の方とお話ししていますと、結局のところ大企業の提示してきた定型的な契約書式であれば、仮に自社で問題だと思って修正を願い出ても絶対に応じてもらえないから、最初から契約書を検討する意味がないというようなことをおっしゃる方も中にはおられます。

しかし、仮にその「問題だと思う点」が自社にとって非常に重大なリスクを含むものである場合、極端に言えば「当該取引自体を行わない」という選択肢を検討することも必要なはずです。
また、例えば契約書本文の修正は無理でも、別途修正部分だけ外出しした「覚書」の締結であれば応じてもらえることもありえます。
相手企業にとって貴社の商品やサービスが重要なものであればそのような契約交渉も可能となってくるはずです。
弁護士と相談しながらそのような交渉の余地を探るのが望ましいといえます。

【中小企業経営における弁護士の役割】

当事務所では、弁護士は企業経営において「経営者の良きパートナー」の役割を担うことができるのであり、上記で述べましたような「契約書のリーガルチェック」に止まらず、どのようなことでも相談していただくのが望ましいと考えています。
できれば、顧問契約の締結があれば、その都度時間や費用を気にせずに、気軽に相談していただくことが可能です。

そして、前回も申し上げましたとおり、そもそも弁護士に相談すべき法律問題であるかどうか自体が分からなくても弁護士に相談していただくのが良いと考えていますし、顧問先様にも常々そのようにお伝えしていますし、そのためにアクセスの良い環境や雰囲気づくりに配慮しています。

中小企業の経営者の皆様には、ぜひ積極的に我々弁護士のリーガルサービスを日々の企業経営の各場面においてご活用いただければと願っております。
(初出 : 2022年213日)